「アーキテクトの眼差し」  建築家が普段、建物や街並みについてどのように考えているか、独特な目線で綴るエッセイ

南部裂織から連想する建築の美

2022/10/31

南部裂織

 先日、道の駅に立ち寄った際、傍にひっそりと佇んでいる建物が目に止まった。何の集客もしていない佇まいであるが、看板を見ると南部裂織の工房のようだ。恐る恐る入ってみると、あちこちに飾られてある布地が意外に素敵なのだ。様々な色使いで見栄えのするデザインにすっかり魅了されてしまった。
 展示の説明によると裂織とは使い古した布を細く裂き織りこむことで衣服や生活用品へと再生する織物の名称。かつて寒冷な気候の為に木綿の育成や入手が難しかった農閑期、大切に使われた布をこたつ掛けや仕事着、帯等に織り直すことで新たに活用したという。
 そんな裂織に魅力を感じたのはなぜだろうか。それは、必要不可欠なもので構成されていて無駄なものがないからだと直感した。僕が関わっている建築もそうありたいと思っている。建築といえば、道中で時々見かける小屋や納屋は、トタンや杉板など簡素な素材で造られている。風雨や雪から内部を保護するために、安価なものの寄せ集めで造られていて、意図的なデザインは微塵も感じられない。
 自らが設計する建物においても裂織や納屋のように意図的ではないデザインを目指すのだがこれがなかなか難しい。表面的なデザインは真似をしやすく設計も簡単なのだが、やがて飽きられてしまう。「形態は機能に従う」というかつての建築家の名言があるが、機能的だったり必然性が伴わなければ美しくない。今一度、この名言に戻って設計活動を続けてみようと思う。

無落雪屋根のカタチ

2022/7/5

 最近、無落雪屋根をつぶさに観察している。無落雪屋根については、青森で設計活動を始めた際、数少ない資料を読んだり、地元の設計仲間から教えてもらった。
 現在では無落雪屋根というと軒のないシンプルな四角い家が一般的だが、ここに至るまで、かつては色々な形を経由してきている。最近、軒のある形の屋根でデザインする機会があり、参考として当時の建物屋根の細かなところを観察している。
 街に建つ家々の屋根を見ると、ほとんどが同じ納まりなのだが、意外にも多くの屋根がこだわってデザインされていることに気がついた。よく見てみると、同じように見えても軒先や笠木の納まりや勾配など微妙に異なるのだ。
 他とは違う納まりにしようといった設計者がいたかもしれないし、雪庇が出来にくいよう工夫をこらしたのかもしれない。一方で、素敵なデザインにしたいとの施主の要望があったかもしれない。いずれにしても、屋根には作り手の思想が現れていると思う。
 青森では戦後復興において、屋根防水技術の進化や納まりの改良により、色々な形の屋根が他の地域よりも比較的多く混在しているようだ。その時代の技術により、どうしても同じ形状に偏ってしまうのだが、ひとつの時代の系譜だけでも意外に多くのバリエーションがあることが分かったのが最近の大きな収穫である。引き続き、観察してみようと思っている。

地下の観光資源

2022/5/15

 2006年に開館した青森県立美術館のことで思い続けていることがある。それまで市民美術館を数々利用してきた美術造詣の深い方からの痛烈な一言。「市民展示スペースとしては使いにくいんだよ」。その他、美術館としてわかりにくいなど、僕の周りの市民目線からはすこぶる評判悪かった。
 しかし、それらの感想には一定の理解を示しつつも、もっともっと大事なことがあると僕は密かに思っていた。批判を恐れずに言うが、青森県立美術館はかなりの観光資源だと個人的に思っている。
 何かと言うと、シャガールの舞台画を望むアレコホール、あの地下の大空間である。加えて、地面を掘削したような通路的空間のトレンチ、世界中でおそらく唯一無二の空間だろう。足を運んで見ればわかるのだが、三内丸山遺跡にほど近い立地だからこそ、この地下空間がよりいっそう意味を持つ。この通路的空間は遺跡側からもアクセスできるため、まるで遺跡がそのまま展示空間へと延びている錯覚に陥る。
 地下空間は世界遺産でインドの地下階段や洞窟などがあるが、現代でこれほどまでのスケールの空間は世界中どこにもおそらくないだろう。よくぞこんな遺産を残せたものだ。パワースポットならぬ建築スポットとしてヒットするだろう。近いうちに、観光資源という観点から高い評価を受けると思っている。

街並みの色

2022/3/31

 白く埋もれた大地はようやく、その姿を表してきた。モノクロの風景は徐々に色味を帯びてくる。色といえば最近、街並みの色について考えている。
 これまで優れた街並みは屋根や外壁などの統一が図られていることが条件であったように思われる。伝統的建造物群保存地区に登録されている長野県妻籠宿や、海外ではイタリアのアルベロベッロなどが有名だ。壁や屋根のパーツに統一感があり、街並みを構成する色味は少ないのが特徴だ。
 その一方で、最近になってカラフルな街並みがSNS映えすることで観光地化されているところがある。イタリアの漁村ブラーノが代表的であるが、ここは濃霧が多い地域のためか、帰宅時に隣の家と間違えないように個人個人で外壁を塗装した結果、カラフルな街並みになったということのようだ。統一感は無いがたくさんの色に溢れ確かに見栄えする街並みである。
 僕の暮らす地域には、知られた街並みや集落は数少ない。弘前市の仲町や「こみせ」で有名な黒石市中町くらいしかないが、そのどちらも色味は限りなく少ない。しかし、漁村ブラーノのように色の多様さを基準に街並みの捉え方が広がると、これまで埋もれていた地域や集落でも、地理的条件や住民の協力次第だが、新たな街並みとして脚光を浴びる可能性はあると思う。例えば、祝祭など短期間のイベントでも良いと思う。カラフルさを前面に売り出した街並みが想像できないだろうか。そんなことを考えている。

冬の空き地の活用〜白い立体カンバス

2022/2/28

 ようやく春の気配を感じる今日この頃だが、今年の冬はかつてない豪雪で本当に大変だった。
畳み掛けるように雪が降り積もり、例年の冬なら十分に余裕のあった深さ2m 程の水路は瞬く間に雪で埋まった。雪を捨てる場所がついになくなった。
 だからこそ、近隣にある空き地のありがたさを身に染みて感じた。普段は空き地なのだが、固定資産税の減免などの制度によって、冬期間限定でこれら空き地が共同の雪捨て場として活用される仕組みがある。この雪捨て場が近隣にあるとないとでは大違いである。
 雪捨て場で思い出したが、僕は田んぼや畑に囲まれた集落で生まれ育った。広大な田んぼは冬は雪で埋もれ、子供にとっては絶好の遊び場となる。そのまるで白い立体のカンバスで、足で踏み固めて迷路を作ってみたり、トンネルを作ってみたりと子供ながらに想像を膨らませて構築物をつくって遊んだものだ。また、屋根からの落雪でできた雪山でソリ遊びもした。
 市街地の空き地でも雪捨て場を確保しながら、少しのスペースでいいので安全対策をしっかり確保すれば、空き地を子供達の遊び場としても活用させることができると思うのだが。

カーポートのデザイン

2022/1/31

 雪国の外構では駐車場の設計にいつも頭を悩ませる。この駐車場には雪が容赦無くどんどん積もる。そのため、設計段階で融雪を入れるか、カーポートを設置するか、はたまた何もしないか検討することになる。
 さて、このカーポートは、車の上に積もった雪下ろしの手間が省けるため多く普及した。強度確保に優れたスチール製やアルミ製の既製品が大半である。しかし、無機質な素材感であふれ、均質な風景が形成された。経年変化が感じられない退屈な街並みとなってしまった。
実のところ、このカーポートは道路側に配置されるため、街並みを印象づける大きな建築要素となるのだが、あまりにバリエーションが少ない。最近この「都市景観のパーツ」をなんとか工夫できないかとひそかに構想を温めている。

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